[I]カルデア神学における諸階層②

(B1) イウンクス

 「イウンクス」(i[ugx)、複数形で「イウンゲス」はもともと「アリスイ」(wryneck)と呼ばれる地中海地方の鳥を意味していた。あるいは、魔術師が不実な恋人の気を引くために用いる、この鳥が結びつけられた車輪を指す語であったという[14]。『カルデア神託』においては、イウンクスは第一に、神働術者が神やダイモーンを呼び出すための、やはり車輪状の魔術的装置を意味していた。それは子どものおもちゃのコマのようなもので、速い速度の回転を与えられると、うなり叫ぶような音を発したという。i[ugxが派生したもとの動詞ijuvzwが「叫ぶ」という意味であることは、イウンクスの機能に関してその動きとともに、音が重要視されていたことを示唆している。神働術者がイウンクスを動かすと、その運動は天上において対応する運動を共感反応として惹起する。そしてまた、イウンクスが発する音は、その車輪の大きさやのこぎり状の歯の大きさを変えることによって、天球の音楽の音調に適合し、個々の天球に影響を及ぼし、天球を支配できるようになる[15]。

 第二に、イウンクスは父の直知対象であるイデアと同一視されている。

『父によって直知されるそれら(イウンゲス)は、それ自身もまた直知する。 語られざる(父の)意志によって直知するように動かされているのだから。』(Fr.77)

 第三に、イウンクスは父から質料へ、また逆に質料から父への伝令(diapovrqmioi, Fr.78)の役割を果たす。

 以上三つの多様な意味のイウンクスを統一的に理解するためには、背景をなす世界観を了解しておく必要がある。『カルデア神託』においては、世界は三つの同心円でもって表象されている。それは直知的なものから構成される浄火界、恒星や惑星からなるエーテル界、月下の世界を含む物質界の三界であり、それぞれ超世界的太陽、世界内の太陽、月によって支配されている[16]。

 第一の魔術的装置としてのイウンクスは、物質界とエーテル界の両世界を結びつける役割を果たし、第二のイデアとしてのイウンクスは、浄火界におけるイウンクスを指し示し、第三のイウンクスは、物質界と浄火界の伝令としてのイウンクスを暗示している。イウンクスは神働術者によって呼び出されると、さまざまな惑星天に宿ると信じられていた(cf. Fr.79)から、三界の中間を占めるエーテル界を拠点にして、イウンクスは直知界と物質界の通行を可能にしているということができる。あるいは、もう一歩踏み込んだ表現をするならば、直知界からエーテル界を経て物質界に至り、再び物質界からエーテル界を経て直知界に向かう円環運動の担い手ということこそ、イウンクスの本質をなすと言えるだろう[17]。

 カルデア神学の体系構築において、三つ組化(triadization)が主要なモーメントになっていることは、すでに父、力、知性において、また、浄火界、エーテル界、物質界の三つ組でわれわれはみてきたが、イウンクスも結合者、秘儀支配者と三つ組をなしているので、残りの二者についても、簡単に触れておくことにする。

(B2) 結合者(sunoceuvV)

 「それゆえまた、神々の神託によれば、結合者たちは知性的諸階層を『統一するもの』(oJlopoioi:)である。」(Fr.83)

結合着たちの役割は、宇宙の諸部分を自らのうちに包括し、保持する(Fr.83)ことによって調和させることに ある。

(B3) 秘儀支配者(teletavrchV)

 秘儀支配者たちは、浄火界、エーテル界、物質界それぞれの支配者と一致するので、超世界的太陽である永遠(アイオーン)、世界内の太陽(ヘーリオス)、月と一致し、さらに愛(e[rwV)、真理(ajlhvqeia)、信(pivstiV, Fr.46)の三つの徳性がそれぞれの属性となっている。これらが秘儀支配者たちと呼ばれるゆえんは、物質界から上昇する魂を浄化し、光線によって導き助けるからである[18]。

 「第一のもの(秘儀支配者)は『火の翼を』手綱で導き、真中のもの(秘儀支配者)はアイテールを完成し、第三のもの(秘儀支配者)は質料を完成させる。」(Fr.85)  「エーテル界の上に立って『魂を支配するものは、秘儀支配者』である。」(Fr.86)

(C)天使(a[ggeloV)

 天使たちは、魂を照明し火で満たすことによって、質料から解放し、魂を天使階級まで上昇させる役割を担っている。

 「天使たちの一団は、どのように魂を上昇させるのか。『魂を火で輝かせることによって、…』と神託は語る。これすなわち、あらゆる方向から魂を照らし、汚れなき火で満たされた状態にすることによって、という意味である。その汚れなき火は、魂に揺るぎなき秩序と力を植えつけ、それらによって魂が質料の無秩序に突進せず、神的なものたちの光と結びつくようにするのだ。」(Fr.122)

このような天使的な火によって、天使階級へと上昇せしめられた魂をもつものは、神働術者である。

 「真に聖職者であるひとはみな、『力のうちに生き、天使として輝く』と神託は語る」(...qevei a[ggeloV ejn dunavmei zw:n, Fr.137)

(C0) 大天使(ajrcavggeloV)

 残存する断片に証拠はないが、後世の証言から、カルデア神学では天使の上位に大天使がおかれていたことはほぼ間違いがない。というのも、プセッロスによれば、カルデア人ユリアノスは、息子の神働術者ユリアノスが生まれるに際し、大天使の魂が受肉することを懇願したと伝えられているからである[19]。

(D) ダイモーン(daivmwn)

 ダイモーンには善きダイモーンと悪しきダイモーンとの二種があって、善きダイモーンは天使と同様に魂の上昇の手助けをし、魂が悪しきダイモーンの攻撃に対して戦うための味方となる[20]。他方、悪しきダイモーンは、地上、水中、空中、月下の世界の至るところに住みつき、魂を生涯誘惑し続け、神的なものとの結合を妨げる恐ろしいものとみなされていた。

 「非理性的なダイモーンが存立し始めるのは、空気の領域より下方である。それゆえに、神託は語る。『空気の犬、大地の犬、水の犬を駆り立てるもの(自然)』」(Fr.91)

 『カルデア神託』では、悪しきダイモーンは、「恥知らずの(ajnaidhV)犬」と呼ばれて恐れられ、忌避されていた。

 「(悪しきダイモーンの類は)魂を引きずりおろす、それはまた『獣のようで恥知らず』と呼ばれている、というのも、自然(fuvsiV)の方を向いているから」(Fr.89;cf. Fr.90;135)

 ここで、「自然」が言及されているのは、自然が世界霊魂であるへカテーから区別され、悪しきダイモーンの導き手としてヘカテーの下位におかれているからである。それゆえ、次のような警告が与えられることになる。

 自然が自己を現す像(au[topton a[galma)を呼び出してはならない』(Fr.101)  『自然を見つめてはならない。彼女(自然)の名は運命(eiJmarmevnon)である。』(Fr.102)

 ここで、自然がさらに運命と結びつけられているのは、人間にとっては自然が引き起こす情念や欲求を制圧することが、運命の支配を逃れて父の方へ魂を上昇させることにつながるからである。それゆえ、悪しきダイモーン、自然、運命などとさまざまに呼ばれるものは、人間の魂の救いにとって敵対者という様相を帯びているのだが、この敵は魂にとって必ずしも外的な実体ではなく、悪しき情念、欲求を引き起こすという仕方で魂の内側を浸食し、人間そのものを恥ずべき犬と化してしまうような勢力として理解すべきである。

 「『大地の獣が、あなたの器を占領してしまうだろう。』  器というのは、われわれの生命の混合体であり、他方、大地の獣というのは、地をさまようダイモーンのことである」(Fr.157)  「『彼らは、理性を欠いた犬たちと大差ない』と、神託は邪悪な生を生きる人々について語っている」(Fr.156)

(E) 英雄(h{rwV)

 英雄は、残存する断片には登場しないが、神、天使、ダイモーン、英雄というイアンブリコスの分類や、プセッロスの証言などから、『カルデア神託』においてもダイモーンの下位に英雄という階層がおかれていた可能性が非常に高い[21]。